インパクトか、フォロースルーか

フロースルーを意識して、インパクトに集中出来るか?

フォロースルーを重視するレッスンはよく見かけますが、フォロースルーを意識することは大事なのか考えてみます。最初に、インパクトとフォロースルーのうち、どちらをより重視した方がよいのでしょうか?仕事柄、多くの人のスイングを見ますが、フォロースルーを速くとか、大きくフォロースルーを取ろうとする人によく見かけるのが、ひどいトップやダフリです。

よく使う説明ですが、金槌で釘を打つとき、釘に意識を置かなければ、きちっと釘は打てないはずです。インパクトに意識をおきながら、フォロースルーの動きもイメージする、と言われれば出来そうな気もしますが、ダウンスイングが始まれば、0.7秒や0.8秒後にはクラブヘッドはフィニッシュに到着しています。この僅かな時間に、インパクトとフォロースルーを同時に意識できるか、私には出来ないことです。

オンプレーン上にクラブを上げて、そしてオンプレーン上にクラブを降ろしてくる、そうすればボールは狙ったところに飛びます、と言っている人、そしてそれを聞いている人が持っている時間のイメージは、0コンマ何秒という非常に短い時間ではなく、数秒ぐらいのかなりゆっくりしたイメージを持っているように私は感じます。

「芯」を打つことが最高の技術

ボールの打ち方、つまりゴルフの技術で一番大事なものは、クラブの芯でボールを打つこと、私はそう思います。ゴルフを始めてしばらくたった頃には、そんなことを考えていなかったように思いますが、それでもそこそこのスコアは出ていました。これはよく言う「知っていることと、出来ることは全く別」ということで、無心でボールを打っているときは、結構芯でボールを打っていたと思います。その時には、「ボール打つ」ことしか考えていませんので、結果的に「よい打ち方」をしていたのです。

数年前、1メートルより短いパットを時々はずことがあり、その時はクラブヘッドの動きに意識がありました。フォロースルーでしっかりとヘッドが出ていないので、狙ったところにボールが出て行かないと信じていたので、ミスをする度にしっかりとヘッド出そうとしていました。人間というものは、思い込むとなかなかそこから考えを変えることが難しいようですが、ある時、芯に当たっていないパットが多かったので、芯に当たることに集中すると、ヘッドがインパクト直後に止まってしまう感じですが、結果はミスがかなり減りました。

その後、パッティングの上手いプロのストロークを見ていると、ヘッドがあまり出ていないことに気づき、今はインパクト後にヘッドが出ていないことが全く気にならなくなりました。


欠点も固まれば長所である、は真実か?

「オーソドックス」を目指せば、上達するか?

ゴルフのレッスン書や、DVDやテレビのレッスン番組を見てると、基本はこうであって、こうやってスイングして下さい、と説明しています。その様な内容のものを見たりすると、特に初心者の人は、何も分からないので、言われたことを忠実に守ることが上手くなる秘訣だと思うのは、自然なことで、かなりの割合の人が実践していると思います。

もし、写真のジョン・デーリーのように、トップオブスイングで大きく右脇が空いていたら、指導する人に治されるかもしれないし、右脇が空いているトップスイングで、ショットが曲がったとしたら、「右脇が空いているから、ショットが曲がるんだ」とアドバイスをする人は、山ほどいるでしょう。しかし、ミスショットの原因が右脇にあると指摘する人は、ジョン・デーリーに対しては絶対しないはずです。彼は、メジャートーナメントに2回も勝っているからでしょう。

私は良く思うのですが、もし誰かにアドバイスするときは、同じことをトッププロに対しても言えることで無ければ、それはすべきではないと考えています。自分より下手な人にはアドバイスできるけど、自分より上手い人には出来ない、というのは無責任な行動と思います。

プロの試合で何回も優勝している選手を、出来る限り偏りのない「眼」で見ると、結構「非オーソドックス」な打ち方をする人探すことは、さほど難しくないのでは、と思います。トッププレーヤーだからという先入観でスイングを見るから、「非オーソドックス」を見つけられないのでしょう

スポーツのやり方とは

人間の身体には、かなり個性があります。例えば脚をみても、内股の人もいれば、O脚の人もいます。関節の形も、かなり個人差があるようです。であるのに、決められた形に持って行こうとするのは、「個性」を無視した指導方法であり、偶然その方法に合った「個性」を持った人にのみが上達できるということになるのでしょう。つまり、多くの指導者は「個性」の認識が欠如しているようです。

「個性」の存在を認識できる指導者とは、「技術の本質」を深く理解していることが必要条件なのでしょう。写真のジョン・デーリーのスイングを見ると、当然ながらダウンスイングでは、右脇は空いていません。トッププレーヤーとしての、普通のダウンスイングです。彼のトップスイングとダウンスイングを比較すると、かなり違和感を覚えます。トップスイングは「非オーソドックス」なのに対して、ダウンスイングは「オーソドックス」だからです。

現在、普通に行われているレッスンは、「個性」を「矯正」して、自分の持っているパワーを最大限に発揮できないようなものが多いようです。打ち方でも、投げ方でも、「躍動感」を感じる動きが大事であると思います。スポーツは、楽しくやった方が良いに決まっているので、「個性」を重視して指導であり、練習方法であることが望ましいと私は考えます。



「基本の繰り返し」の重要性

帝王(ジャック・ニクラウス)のに残した言葉

「基本を繰り返し練習していると、新しい世界がみえてくる」と、帝王ジャック・ニクラウスは述べています。基本的な練習を繰り返しているだけでは、何も変化が起きないのではないかと思うのは、普通に考えて当たり前のような気がします。では、ジャック・ニクラウスは、何がみえたというのでしょう。

本田技研の創業者である、本田宗一郎氏は1ミクロンの差を手で触って分かると言います。日本刀を作っている人は、肉眼では絶対に見えないもの凄く小さな刃こぼれが見えるそうです。人間の能力として、1つのことを長く続けていくと、普通の人間には見えないものが見えるようになったり、感じることが出来るようです。

ジャック・ニクラウスは新しいシーズンを迎える準備として、基本の練習を徹底的に繰り返すそうです。それを毎年同じことを繰り返すうちに、去年やその前の年に感じなかったものを、感じるようになったのだと思います。それが冒頭に述べた、「新しい世界がみえてくる」という言葉になり、繰り返し行う事により、感覚がドンドン研ぎ澄まされてきて、今まで感じなかった感触などを体験して、新しい発見になるのでしょう。

「基本の繰り返し」は、単純労働ではない

ジャック・ニクラウスは、ボールは単純に打たなくてはいけない、と言います。全く同じことを、王貞治氏も「バッティングは、シンプルなものだ」と言います。スライスやフックなどのような応用技術は、基本がしっかり出来ている人のみが出来るものと言ってもいいでしょう。違う言い方をすれば、基本の技術に、ほんの僅かの手を加えれば、それが曲がる球筋や、弾道の高低になると思います。

ゴルフのスイング理論は、色んなものが登場してきますが10年、20年のスパンで見ていると、その殆どが消えていくようです。今までなかったスイング理論を展開すれば、それを注目する人が現れるかもしれず、そうすれば自分のビジネスにプラスがあるかもしれません。しかし、人間が力を出す仕組みは、ゴルフでも、野球でも、色んな作業でも同じであるので、画期的な新しい方法が現れる可能性は、極めて少ないと言えるでしょう。

 人間が効率的に力を出す基本的な「動き」をしっかり身につけることが出来て、初めて技術の応用が出来るのであって、応用技術は基本的技術のほんの僅かの「変形」と考えた方がよいと私は考えます。だから、一流選手ほど基本動作の確認を怠らないのでしょう。