「ボールを打つ」という意識の必要性

名手のとんでもないミスショット

昨年のマスターズトーナメントのことですが、最終日首位を行くジョーダン・スピース選手が、アウトを終えた時点で確か5ストロークのリードをしていました。客観的にみて、彼の優勝だと思った人は少なくないと思います。ところが、10番、11番と連続ボギ-、そして12番のショートホールで、ティーショットを池に入れたあと、ドロップエリアでのスピース選手の仕草をみていて、相当動揺しているなと感じました。

グリップをタオルでせわしなく拭く仕草や、キャディーと話すときの険しい顔など、よく見るスピース選手の動作ではないと、明らかに見て取れました。それは、マスターズトーナメントという大舞台で、それも30、40分ぐらい前までトーナメントを大きくリードしていたのですから、現在の状況に考えたら、やむを得ぬ事でしょう。

ドロップエリアから打ったウエッジのショットは、アマチュアがやるような「ダフリ」で、池の一番手前に「やっと入った」というようなものでした。スピース選手は、トッププロの中でもウエッジの上手い選手です。その選手が、大事な試合の最中に、アマチュアが打つような凡ミスをする、テレビを見ていて信じられない思いでした。

単純に「打つ」がいかに大事か

ドロップエリアでのスピース選手の気持ちを推察すると、少し前まで2位を大きくリードしていたのが、今はそれがない、下手をするとトップではないかもしれない、後悔や焦りなどの気持ちが、心を占めていたのでしょう。そのような精神状態でショットをすると、名手でもとんでもないミスショットを打つ、私にとっては凄く参考になる出来事でした。

自分の痛い経験からも、よいゴルフをしていたにもかかわらず、一つのミスショットから、その後のショットが全く駄目になった、そういうのを何度も経験しました。自分としては、さっきまでと同じようにボールを打っているつもりでも、全く当たらなくなってしまう、その原因がよく分からなかったのですが、今はかなりハッキリしています。

ショットをするに際して、「今までよいゴルフをしていたのに」「あのミスショットがなかったら」などという気持ちが心を占めて、目の前にあるボールを打つという気持ちがなくっていたのです。

多くの方に経験があると思うのですが、何にも考えずに単純にボールを打つ、調子のよいときはそうしてショットしている人が殆どではないでしょうか。単純で、凄く当たり前のようなことですが、ボールを打つことだけを考えていることは、ボールを打つことに凄く集中している状態と言えます。皆さんは、どのように思われますか?